本日は、長崎・外海の世界遺産候補の施設を含む、いくつかのキリシタン史跡をご案内いたします。
案内人はおなじみ、長崎から世界遺産を願うクロちゃんです。
長崎市内から外海へは、長崎駅から国道(206号)~県道(112号)~国道(202号)~外海、約40分で到着です!
キリシタンの聖地と呼ばれる外海は、世界遺産候補の教会(2つ)・遠藤周作記念館・ドロ神父関連施設と観光スポットの多い場所です。
今回は、外海タクシー観光のリピーターのお客様で世界遺産候補の教会以外に前回いけなかった枯松神社・バスチャン屋敷跡・大平作業所も希望されました。
(1)黒崎教会
旧外海村のキリシタン部落のひとつ黒崎は、明治12(1879)年から、出津教会を拠点に、ド・ロ神父が布教と貧民救済を行った地域です。
はじめ、設計はド・ロ神父だったが、建設計画が進展せず、ド・ロ神父亡きあと大正7(1918)年、ようやく着工し、信徒が煉瓦を一つ一つ積み上げて、大正9(1920)年に完成しました。
遠藤周作氏の小説「沈黙」のきっかけとなったこの教会は煉瓦造りの素晴らしい教会です。
(2)出津教会(世界遺産候補教会)
ド・ロ神父は、まず明治14(1881)年に、私費を投じ、活動の拠点として出津で煉瓦造の小さな聖堂を建設しました。
その後、信徒が増えたので明治24(1891)年、現在の祭壇方向に約1.5倍の長さに広げ、上に十字架をいただく小塔を建てました。
さらに明治42(1909)年に正面玄関部を増設し、四角の鐘楼を建て、現在の姿となったのです。
台風の影響を考慮し、天井も低く非常に評価の高い造りになっています。
(3)大野教会(世界遺産候補教会)
神浦・大野地区の高齢の信徒のために、明治26(1893)年にド・ロ神父が自費を投じ、信徒の奉仕で完成させています。
創建時は単廊式の聖堂のみだったのが、大正15(1926)年、祭壇部の先に、司祭部屋を増設して現在の姿となりました。
ごらんください! (@_@;)
石垣に石積みの教会、自然の溶け込んだ素晴らしい教会です。
長崎の教会群で「クロちゃん」一番のおすすめの教会です!
(4)枯松神社
ここは日本人伝道師・バスチャンの師であるサン・ジワン神父を祀るキリシタン神社です。
江戸時代、黒崎の隠れキリシタンがここに密かに集まり、オラショ(祈り)を捧げ伝承してきた聖地になります。
※キリシタンをまつった神社は全国的にも珍しく、この他には長崎市内淵神社の桑姫(大友宗麟の孫)大明神、
東京都伊豆大島のおたあね大明神が知られるのみである。
祠に登っていく手前には、「祈りの岩」という大きな岩が残されています。
岩の上には、15人くらい座れるスペースになっている。
(5)バスチャン屋敷跡
日本人伝道師バスチャンが外海で潜伏していた場所で、屋敷が復元されました。
バスチャン暦もこの場所でつくられたものといわれています。
※外海や浦上には、日本伝道士バスチャンの教えや日繰り、予言が伝わりました。
バスチャンは1600年代前半に実在した人物で、現在の長崎市布巻町の出身とされる。
外海地区に潜伏していたが、西坂で処刑されました。
↑バスチャン屋敷の内部です。 感動!(>_<)
最近では、バスチャン屋敷の中にも見学で入れるようになっています。
中は四畳半くらいの広さでうっすらと薪の燃えた匂いとカビの匂いがし、こんな山奥でこんな狭い場所で一人でよく隠れ住んだものだなぁ・・・と。
江戸時代の潜伏キリシタンの史跡としては、非常に貴重なものだと思います。
(6)大平作業所
↑ド・ロ神父の大平作業所跡です。
貧民救済のために始めた農業指導などで、外海で作られたパンやパスタを大浦の外国人居留地に売りに行ってたそうです。
※明治時代に一般の日本人でパンやパスタを食べていたのは
外海の農民くらいだったかも?